スタンフォード大学の医療安全の専門家を囲んで、
2時間にわたってお話を聞きました
バーバラ・メイヤー氏とパトリス・デュフォン氏+RoomT2代表+日本の医療安全管理者7名が参加しました。
-
2時間にわたって座談会を開催
RoomT2では、2018年11月21日、スタンフォード大学でヘルスケア・医療安全に携わっている専門家のバーバラ・メイヤー氏とパトリス・デュフォン氏を囲んで座談会を開催しました。
日本側の出席者は、RoomT2設立代表の杉山に加え、看護にかかわる医療安全管理者や研究者など7名。メイヤー氏とデュフォン氏からスタンフォード大学での、転倒転落事故の対策についての考え方や施策が紹介されました。
また質疑応答では、日本の参加者から積極的な意見や質問も数多く出され、通訳を介して双方が理解を深めました。
-
スタンフォード大学での基本理念
座談会の冒頭では、メイヤー氏によって、The Value Equation(価値を計るための方程式)がスライドで示され、患者さんやそのご家族にとっての価値は、いかに効率的に質と安全およびサービスが実現できているかと、それらをコスト比較することによって算出されることが解説されました。
「それらは、常にスタンフォード大学での転倒転落プログラムや計画のベースになっている」とメイヤー氏は強調。日本の参加者たちは、うなずきながらメモを取ったり質問を行いました。
メイヤー氏によると、患者さんに対しての「教育や啓発」も重要で、滑らない靴やソックスの着用、低床ベッドの推奨などの説明を通じて、患者さんにメッセージを伝えているそうです。
-
ベッド下ランプやモニタリングシステム
デュフォン氏からは、スタンフォード大学における転倒転落防止のシステムに対しての説明がありました。患者さんが未離床の時には、ベッド両サイドのレールがアップしており、ベッドは低床で、かつブレーキがかかっている状態で、ベッド下の緑ランプが点灯。離床しようとしているときには、黄色ランプが点滅する、といった管理があり、ナースステーションからもモニターを通じて、ベッドの状態が把握できるモニタリングシステムが活用されているようです。
-
身体拘束について
メイヤー氏によれば、アメリカでは身体拘束について患者さんの人権を守るために非常に厳しい規制が存在しているとのことでした。多くの場合には身体拘束を行わないそうです。その理由の一つには、身体拘束を行うにはルールにしたがって複雑な書類作成を行わなければならず、看護師にも煩雑な作業が発生するという事情もあるようです。複雑な手続きによって、患者さんの身体拘束が防がれている印象でした。
また、アメリカでは看護師がつきっきりになったり身体拘束をしなくてもいいように、ベッドサイドで身の回りの世話をするエイド aid (援助)と呼ばれる人を雇うこともできるものの、多額のコストが発生するため、The Value Equationによる、クオリティの計算式も変わってくるとの認識が示され、よりコストのかからない施策が望まれていることが報告されました。
-
ツール、評価軸・スケールの改善
さらに両氏の報告はツールの改善に及びました。対策をしても、2017年と2018年では、結果は横並びで、抜本的な対策が必要であるとの結論が出たときのことです。これではいけないと、対策を見直すことになったとのこと。転倒転落の起きる時間帯、曜日など、さまざまなことを調べて分かってきたことは、事故は、患者さんがトイレにいくときが多いことをはじめとして、移動するときや移乗中に発生しており、患者さんの筋力低下も深く関わっていることなどが判明。今使っているツール、評価軸・スケールでは十分でないということで、臨床専門看護師やスタンフォード大学の姉妹病院と協力をして新しいツールを作成したのだそうです。新たなツールを導入した結果、一定の成果が見えてきたのだということでした。
2018年3月に導入された新しいツールでは、例えば、患者さんが以前に転倒・転落があったかどうかという記録、意識障害があるかどうか、トイレに行くときに介助が必要か、患者が動けるかどうか、ベッドの機器はどうか、どのような投薬が行われているか、などの情報が網羅されている。
-
アメリカと日本の比較も
座談会の後半では、メイヤー氏から日本の参加者に向けて「高齢化ではアメリカの先を行く日本で、どのような対策をしているのか教えて欲しい」との要望もありました。日本の医療管理責任者より「どんなに対策をしても、転ぶ人は転ぶため、転んだときのために緩衝材を使った対策もしています」といった返答には、メイヤー氏は身を乗り出して「それは興味深い話です。たしかに転ぶ人はどうやっても転びますね。私はいま、この話をノートにメモをしています」と言う一幕も。このユニークなコメントで会場は笑いに包まれ、場は一層なごみました。
危険を予測しながら環境を作っていくという日本での対策に対して、メイヤー氏から、「そういった対策で転倒率は下がりましたか」と聞かれ、「転倒率は下がらないものの有害事象も増えていないこと、患者さんの行動を抑止する方向ではなく行動を支援するという意味で質は上がったこと」など、日本の参加者からの返答が通訳を通じて伝えられると、両氏は大きく頷いていました。超高齢社会を迎えた日本での対策が、アメリカより一歩進んだ側面もあるかもしれません。
2時間におよんだ両氏を囲んだこの座談会では、アメリカの医療の先端を担うスタンフォード大学での有益な取り組み状況が報告されるとともに、質疑応答を通じて、この問題への理解が深まり、今後の取り組みへの大きなステップとなる布石になることが期待されました。
-
Barbara Mayer(バーバラ・メイヤー)
Stanford Health Care
Directorサンディエゴ大学大学院看護学博士号取得。臨床経験として脳神経外科における集中治療に従事。その間、ICUの診療マネジャー、教育部長などを経験。また、米国クリティカルケア看護師協会の教育部長なども兼任。海外の病院を訪問し、集中治療部門の研究ツアーも実施している。現在、スタンフォードメディカルセンターのディレクター。
-
Patrice Duhon(パトリス・デュフォン)
Stanford Health Care
Managerチェンバレン大学大学院看護修士号取得。臨床の看護師としては循環器および神経科の集中治療を経験。国外の演説者としても活躍し、アメリカ、スウェーデン、中国にける看護の質および看護師の健康被害や危険をもたらす危険行動について演説。現職のスタンフォード・メディカルセンターでは13年間勤務。現在はマネジャーとして従事。